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心願成就の仏様

秘仏一願聖天

具には歓喜自在天、あるいは大聖歓喜天ともいい、略して聖天といいます。この歓喜天はもともとインドの神様で、大自在天の子として父の軍隊を統轄するガネーシヤという名で親しまれております。一方密教では大日如来の眷属として大悲胎蔵生曼陀羅の外金剛部に位置しており、その尊形は儀軌により多くの類を見出せますが、わが国に於ては特に象頭の夫婦双身の尊形がおもに崇拝せられております。 当山圓明院にお祀りする聖天様は、容姿があまりにも奇抜のため長年秘仏としてお祀りされております。 聖天様の一般的なお姿は歓喜天の本地仏である十一面観音をその伴侶とし抱擁する象頭夫婦双身尊形が基本的な尊像でありますが、当山の歓喜天は、象頭の歓毒天が伴侶として福徳弁財天を抱くという異形であります。一願をもって礼拝祈願すれば七代の財をも一身に授かるといわれる歓喜天の功徳に更に福徳弁財天の功徳である学問財福の徳が加わり、事業繁栄・商売繁盛の合体神として大変ご利益のある仏様です。ご参拝された方々の当山歓喜天の福徳を授かりますことをご祈念いたします。


秋葉三尺坊威徳大権現

この三尺坊権現は、今を去ること九〇〇年の昔(平安中期)舟塚山山頂に勧請されたものを江戸時代初期に圓明院の境内に移したものです。ご神体である三尺坊様のお姿は、当山の寺伝によりますと、不動明王を主尊といたしまして、カルラ天(飛行自在の徳をそなえているという鳥の姿をしたインドの神様)、ウガ神(ヘビにお姿を変えて現れるといわれる穀物の神様)、ダキニ天(人の死を六ケ月も前に知るというインドの神様、日本では、その本体をきつねの精とする)、弁財天の五相合体であると伝えられております。くちばしと翼のあるお姿より、俗に「からす天狗」などとも呼ばれております。古来より火防権現として信仰を集めるほか、「家内安全」「商売繁盛」「当病平癒」等諸願成就の祈願に多くの信仰を集めております。お参りの形式は、社内の三尺の棒を一年問各人の家にお祀りし、お礼参りの際、二本にしてお返しするという特異な形態をとっております。もとは、能野権現の流れをくむ修験通が伝承されており、熊野に伝わる「蘇民将来」の六角形の祝い棒の転化したものとも考えられます。


大日如来


稚児大師像

平成七年弘法大師霊場関東八十八所第五十四番に認定されたことを契機に祈祷殿内に稚児大師尊像をお祀りし、多くの参詣者に対応すべく祈祷殿の内部を改装および屋根を新造いたしました。稚児大師像は関東八十八ケ所霊場内でも珍しく、当山に建立されておるのはお姿は、お子様の「学業成就」を祈念いたしまして筆を持ったお姿の稚児大師像をお祭りいたしました。「交通安全祈願」、「車両のお払い」等常時受付をいたしております。


娑羅観音

祈祷殿脇に黄金色に輝く娑羅観音さまは永代供養納骨堂上に建立されております。永代供養納骨堂は、核家族化が進み、なおかつ出生率の低下に伴う無嫡子世帯の増加等時代の要請に答えるべく建立されたものであり、子孫に代わって当山が永代にわたって御霊を供養いたしますので、安心して永眠できる納骨堂であります。また、お墓を探すまでの間遺骨の処遇に困っていらっしゃる方々も増加してきた昨今、当山では永代供養納骨堂をご希望の期間だけ利用していただく「一時遺骨預かり」制度も設定し、有縁の皆様に活用していただけるようにしております。永代供養、並びに一時遺骨預かりに関してご要望の方はお気軽に寺務所へお尋ねください。


福禄寿

福禄寿は、古代中国の道教の神様で南極星の化身と言われています。道教というのは中国古来の倫理のようなものが中心になっていてその中では、民はいかに生きるべきか、王はどのような行いをすべきかなどが説かれている教えです。その中に「三徳」と呼ばれる徳がありまして、福は子孫繁栄、禄は財産、寿は健康長寿を表し、これをまとめてたものが福・禄・寿ということになります。お姿は、亀の上に乗り、背が低く、頭が長くて長い髭をはやし、手に巾着を持ち鶴を伴っているお姿をしております。「鶴は千年亀は万年」と言われるように寿命の長い動物であることから不老不死・長寿の象徴とされています。また亀は、昔の人がお金をためていた瓶が亀と読み方が同じことや甲羅が小判と似た形であることから金運にご利益があるとも言われています。何はともあれ平和で豊かな暮らしをしたいと思うならば福禄寿様にお願いするのが一番であります。「ありがたや 上総望陀の 福禄寿 延命長寿 財も授かる ご真言は うん ぬん しき そわか」です。一身にお唱えしてご参拝ください。


大玄奘三蔵法師像

そもそも大般若波羅蜜多経は、中国の唐時代(六六三年)に「西遊記」でお馴染の三蔵法師こと玄奘三蔵が苦労の未、天竺より唐へ伝えたものであり、これを供養すれば無上の功徳があるとされているものです。玄奘がその訳業を終えた時には、当時の皇帝ほか高僧たちが玄奘の偉業を大いに称え、祝斎を設けて供養したと伝えられております。そして、この日、粛誠殿から嘉寿殿の斎所に行って講読したのが、大般若経講読の始まりであるとされております。わが国でも、奈良時代の古えより鎮護国家・除災招福・父母追善・亡魂菩提などを祈願して、盛んに大般若波羅蜜多経の写経が行なわれてきましたが、これは、大般若波羅蜜多経の次の一節によって「経」自身にその功徳のあることが知られております。当山圓明院では、参拝のみなさまの祈願成就のために六百巻にも及ぶ「大般若波羅密多経」の写経を「一人一巻奉写」と称して、六百巻全てを写経すべく有縁の皆様に奉写をお勧めしております。この写経には特殊な加工が施され、耐用年数も数百年といわれる上質紙を使用し、長期保存が前提の佛典の書写に最適な素材のみを厳選してあります。また、写経を奉納された信徒は、そのお名前を当山祈祷殿内の寶経篋印塔内に安置し、永代にわたって供養いたしており、その芳名は未来永劫にわたって功徳をたもつものと信ぜられております。