圓明院
【よもやま】空即是色
2020年10月11日

 私たちの世界は、有るようで無く、無いようで有るというのが本当の姿なのです。

      としごとにさくや吉野のさくら花樹(き)をわりみよ花のありかを

 この句は、一休和尚と山伏の問答の中から発せられた句です。
ある日のこと、ある山伏が、一休和尚に向かって「その仏法はいずこにありや」と聞くと、和尚は即座に「胸三寸にあり」とこたえました。これを聞いた山伏は、懐中より短刀を出し和尚に「しからば、拝見いたそう」と詰め寄ったときに発せられた句です。

 また、意味は、「毎年花を咲かせるさくらの樹ではあるが、花の咲いてない時期に花を探そうとして樹を割ってみたところで花は無い」という内容です。私たちの世界は、この句のように4月花満開の樹も6月新緑の樹も1月枯木のような樹も全て同じ樹なのです。花が無いのかといえば縁が実れば満開となり、縁がつきれば散ってゆく、新緑の葉も縁が尽きれば散り、結ばれれば芽吹くのです。 

 般若心経の中に「色即是空」「空即是色」というのは、この真理を説いたものです。
「無いものが突然現れることも無く」「有るものが突然無くなる」ということもないのです。
すべて「因」「縁」「果」の「縁起の法」によるところで空の状態なのです。

ここで「空」という言葉ですが、有るようで無く、無いようある事実を空という言葉で表現しています。

 すべての存在が、空であるということに対して、心経では、有に囚われ、色に執着するもに対しては、「色は空に異ならず」と説き、色がそのまま空だといい

また、空に囚われ、虚無に陥るもの対しては、「空は色に異ならず」「空は即ち色」だといっているのです。

 生じては滅し、滅しては生じるのが浮世の姿なのです。すべてのものは、生きつつ死に、死につつ生きているのです。今日という一日は、一生の中で一日しか無い日です。「一期一会」この言葉は、茶道の客を招く上の大事な心得を説いた言葉ですが、生きている人生そのものが「一期一会」であります。

      引き寄せて 結べば草の庵にて 解くればもとの野原なりけり    —- 慈 鎮

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