圓明院
我が家の宗教は真言宗○○派
2022年09月29日

真言宗は、弘法大師(774年〈宝亀5年〉- 835年〈承和2〉)によって日本に伝えられ1,200年の歴史があります。その間その教義や実践を研鑽する中で多くの分派を生み出します。
真言宗智山派は、鎌倉時代に高野山から分かれ根来を拠点として活動した覚鑁上人の教えを基として江戸時代に分かれた一派です。
真言宗は、大きく分けて「古儀の真言宗」と「新義の真言宗」に分かれ、新義の真言宗のなかに「新義派」「豊山派」「智山派」「室生寺派」の四派があります。
新義の四派は、教えは根来の覚鑁上人の教えの流れをくむ派で全く同じ教えなのです。智山派の教義と豊山派の教義や新義派、室生寺派はすべて同じ教えなのです。
読経するお経は、真言宗はすべて理趣経を読経します。所依の経典は、大日経と金剛頂経です。

“覚鑁上人-ウィキペディア-”

「我が家の宗派は、真言宗○○派です。」胸を張っていい切る人がいたり、自分の家の宗教は分からないと答える人がいます。

信教の自由と憲法で定められて、「我が家の宗教」にこだわる世代、信教(信じる教え)と我が家の宗派が異なる「常識」と「習慣」の板挟みの中で「伝統/文化」を守るとは。

宗派を変えると、ご先祖様が「成仏できない」とか「姓が変わった者」は一緒に埋葬してはならないなど言っている本人にも習慣だか信仰だか理解していない。江戸時代の「宗旨人別帳」(宗門人別改帳)の制度は、江戸時代ととも終わり、徳川慶喜公が大政奉還してすでに150年が過ぎました。

しかし、人は、「おらが宗旨」を変えようとはしません。今までと同じ状況をなるべく維持しようとする方向に気持ちが働くのです。その方が「安心」だという本能が働くからです。

先祖代々をお祀りしている実家(昔風にいうと本家)は、宗旨、宗派を気遣う気持ちは理解できますが、その実家を離れて数十年が過ぎ、いよいよ自分も平均寿命の年齢に近づき、終身の準備を始めた事をきっかけに「おらが宗旨はなんぞよや」なんてあまり意味の無いことのように思います。

「我が家の宗旨は・・」、執拗にこだわることはありません。自分で良さそうなお寺を探して、そのお寺に自分の供養をお願いするのが最良の行動です。

それが、実家の宗旨ではなくても問題はありません。そもそも宗教にこだわった生き方をしてこないからこのような結果を生んだんですから。仏罰を受けることはありません。

「信仰」の旅路の始まりかもしれません。

「今日彼岸 菩提の種を 撒く日かな」  種を撒き 肥料をやり 水をやり 大切に育てれば やがて大輪の花が咲くことでしょう。

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